宗像市葉山クリニックの撫中です。最近の天候不順はこどもの頃、なかったと感じることがあります。ゲリラ豪雨、猛暑日、酷暑日、道路冠水、帰宅難民など急激な天候の変化で正常な生活が容易に阻害されるようになりました。私の父は漁業(漁師)に従事していました。毎日、防波堤でたばこを燻らせながら、空、山、海を眺めていました。無論、ただ景色を見ていたのではありません。雲、風、感じる湿度でこれからの天候を予想し、漁に出るか否か、漁獲が望めるか否か、を判断していました。記憶しているのは、湿気を帯びた南風を「まぜ」、冷たい北風を「やませ」と呼んでいたことです。「まぜ」はその後に雨が降りました。漁業は天候に左右される仕事ゆえ、概算で月の半分が操業できればいい方でした。その上で、父はすこしでも天候に懸念があると、漁にでることを渋り、いつも母に叱咤されていました。ただ、私のふるさとの漁村では、漁師が年間1人くらい、漁に出たまま帰ってこないということがあり、天候を読み違えると生死にかかわる事態になっていました。実際一つ上の学年の男子生徒の父親が遭難し、そのまま行方不明となったことを記憶しています。朝日、夕日をみると、海をみていた父を思いだします。案外、どうしたら、漁をさぼれるか言い訳を考えていたのかも知れません。