最後のキス
窓から見える景色は、葉の落ちた樹々と澄み渡った空だけ。この景色は6ヶ月間、観てきた構図の最後の形だ。最初は、緑の葉をいっぱいにつけていた。その時はまさか、裸樹になるまで、ここにいようとは考えてなかった。
夏前に受けた健診で、膵臓の数値に若干の異常が認められた。事後措置に厳格な会社なので、さっさと済ませてしまおうと思い、すぐ、病院を受診した。軽い気持ちで受けた再検査の結果は一週間後に、病院からの呼び出しという形で知らされた。
「膵臓に腫瘍が認められました。もう少し精密な検査が必要なので、すぐ入院してください。」
私は、来年、定年を迎える商社に勤めている。もう少しで、自分の人生を折り返すところだった。これから、仕事だけの生活から、やりたいことをやっていこうと考えていた。それから、妻に、これまでの感謝の意味も込めて孝行するつもりでいた。具体的な計画も幾つか考えていて、まず、妻がかねてから、興味を持っていた世界遺産をめぐる旅な一緒にいくことだったり、趣味の陶芸のためのアトリエを作る段取りもしていた。すでに設計図、資金面も具現化していた。
しかし、それは出来なくなった。私の身体はすでに進行癌に侵され、自重に諍うのが精一杯だった。さらに、感染を併発し、腹部には一部、開放創があった。つまり、お腹は、開いたままだった。
余命はどれくらいだろう、と自問するも答えは見つからない。
妻へのプレゼントは渡せないが、逆に妻への愛着は日に日に強くなっていった。
「ごめん。なにもしてあげられなくなった。申し訳なくて情けない。」
「あなた、いいのよ。私は、あなたで幸せだったわ。あなたに何かもらったり、連れて行ってもらったり、することより、あなたがいること、一緒に過ごすことが私には大切なことなのよ。」
そういった彼女は既にに泣いていた。
「なあ、頼みがある。こんな歳になっても、君を愛おしく思っている。久しぶりにキスをしたい。」
私は、最後のちからを絞り出して言った。
「100年経っても君と笑いあいたかった。
ずっと好きなまま、おわってしまった。好きなまま。」
その時、私は、深い眠りの中に落ちようとしていた。ほほにわすがに、なにかが接する感じがした。幸せな感覚だった。私は、安心して眠りについた。









