2025.08.22更新

宗像市葉山クリニックの撫中です。ヒトは生きていく中で、日頃どれほどの悲しみを想定しているだろうか?最愛の人たちとの別れ、財産を失う、仕事が立ち行かなくなる、受験の失敗、就職の失敗、失恋など悲しみの要因もたくさんありますが、それらが急に来るか徐々にくるかによっても悲しみの大きさは変わります。やはり、急に人とのわかれが生じたとき、また、それが不可逆であるとき、ヒトは茫然とし、思考が止まります。悲しみすら感じないくらい、なにをしたらいいのかわからなくなります。大きなストレスです。だからこそ、今の瞬間を精一杯生きることが大切になります。少しのことで怒ったりしてはあとで後悔します。常に今、言った事が最後の言葉になると意識して過ごす。感謝は常に伝えること、愛情表現も同じです。そして一緒に生きていられること、これがなにより素晴らしいことであることを意識することが想定外の悲しみを緩和することの手助けになりはしないでしょうか?

 

 

投稿者: 葉山クリニック

2025.08.02更新

宗像市葉山クリニックの撫中です。「哺乳類ではどの動物でも、一生の間に心臓は20億回打つ」と言われ、小さな動物の心拍数は多く、ハツカネズミは1分間に600~700回も脈を打ちます。 逆に大きい動物だと心拍数は少なく、ゾウは約20回です。 ハツカネズミは1.5~2年と寿命が短く、ゾウは50~70年と長寿です。 また、くじらは種類別の平均寿命が
ホッキョククジラ:100~200年
セミクジラ:50~100年
シロナガスクジラ:80~90年、110年を超えるものも
マッコウクジラ:60~80年
シャチ:50~80年
ゴンドウクジラ:オス約45年、メス約60年
ザトウクジラ:45~50年
バンドウイルカ:40~60年

と言われています。ホッキョククジラの200年も実際の観察記録で、北極は低温なので、心拍数が極端に少ないからだと言われています。つまり、心拍数と寿命をグラフ化すると、他の哺乳類はほぼ逆相関の直線上にあります。この計算だと、人間は55歳前後の寿命のはずですが、大きく逸脱し、相関しません。これは、生活環境の整備、医療の発達により、約30~40年余命が伸びたということです。それだけ寿命を延ばし、人間にはやらなければならないこと、生きてやりたいことがあるのでしょう。その意味を考える毎日です。

投稿者: 葉山クリニック

2025.07.01更新

宗像市葉山クリニックの撫中です。最近、帯状疱疹の予防接種を実施する機会が多くあります。予防接種の効力の年数について説明するとき、患者と間で、「そんなに生きなくていい」というコメントが頻回に発せられます。高齢者ほどその発言は多く見られます。そこで、一般に人間の寿命は何歳かを調べてみました。東大の小林武彦先生によると、生物学的な寿命は55歳くらいだとのことです。根拠は、いろいろありますが、ほぼDNAが一致するチンパンジーなどが55歳であること、ゲノムが壊れるとがんが発生するのですが、55歳までは修復ができます。それ以降は壊れることが多くなること、などが挙げられます。しかし、日本人の平均寿命は男女ともに80歳-90歳くらいと上記の遺伝的寿命をはるかに超過しています。55歳以降の人生は、公衆衛生や栄養状態の劇的改善、医学の発展という「文明がもたらした生」と言えます。つまり、他の動物にない「老い」というものが人間にはあります(ペットの犬なども腫瘍でなくなることはあります。おそらく理由は人間と同様に寿命以上に生きているからではないでしょうか)。「いつ死ぬか」の問の答えは正確にはありませんが、55歳から90歳くらいの間、寿命超過した期間になると思います。「そんなに生きなくていい」に帰りますが、「老い」たことが無意味なことなのか?そんなに生きなくていい、というのは、高齢者が持つ心理の特性に起因するようです。他人に支えられ(感謝)、自分中心から他人を大切にする(利他性)、肯定的な自己評価(肯定感)をする。そのことで、死に対する恐怖すらも消失するようです。生殖機能を失ったものが社会に貢献できないことは全くなく、十分に育児に携わることができます。決して「老害」などではなく、「老益」なのだと思います。ひとの社会にだけもたらされた寿命超過、意味はあるのではないでしょうか。

 

投稿者: 葉山クリニック

2025.06.24更新

宗像市葉山クリニックの撫中です。ヒトのやる気について考えてみました。やる気が起きない、とつぶやく人には何かやりたいことが当面ないことが多いと感じます。ヒトはやりたいこと、希望することがあると「ワクワク」します。この時、脳内には「ドーパミン」という神経伝達物質が発生します。ドーパミンには報酬物質として、ヒトに多幸感を与えます。幸せを感じている時、ドーパミンが分泌されているのです。その時、まだ、やりたいことは達成していなくても構いません。「やる気」になったときにドーパミンが出て、幸せを感じるようです。つまり「目標」をもったときに出るようです。そして、結果が想定したもの未満であった時、ドーパミンは出ず、落胆します。結果が想定以上の時、さらにドーパミンがでて幸せになります。そう考えると、やる気がおきる「目標」、しかも短期に結果が出せることが必要になります。幸せに過ごすには、自分にあった達成可能な目標の設定を繰り返すことが重要ではないでしょうか?

投稿者: 葉山クリニック

2025.06.09更新

宗像市葉山クリニックの撫中です。今年もツバメが飛来し、産卵、子育て、巣立ちをしました。巣立ち後、4-5日で新たな巣作りが始まりました。というのも、先の巣は巣立ちとほぼ同時に地面に落下してしまったからです。ツバメは年に1-2回産卵、子育てすると言われています。今回も同じ番(ツガイ)なのでしょうか?1回に5匹くらいまで子育てしますが、必ずしも、父親が同じとは限らないとのこと。雌は他の雄とも交尾し、産卵するため、同じ巣には父親の違う雛がいることもあるようです。自然界の種の保存は厳しく、愛だの恋だの言ってる人間とは大きく、繁殖の意味合いが違います。人口の減少、少子化、超高齢社会を考えると、そのうち、人間も繁殖本位の時期が来るのでしょうか?

投稿者: 葉山クリニック

2025.05.16更新

宗像市葉山クリニックの撫中です。表題のテーマはご存じでしょう。赤ちゃんが母体内にいるときの話を2-4歳くらいにしゃべる、というものです。研究者によれば、胎内記憶に止まらず、受胎時前後の話も語られています。例えば、「私(赤ちゃん)はお父さんとお母さんを空から見てて、選んできた。」というようなことも数多く、胎内記憶として語られています。ここで、記憶とは何か、簡単には、体験したことを覚えていること、と言えるでしょう。となると、受胎時前後には体験する個体(肉体)、記憶を担う脳がまだありません。つまり、記憶というより、肉体とは別の「意識」というものが存在し、それが、肉体にやがて降臨する、という仕組みが必要になります。この「意識」については、2024.10.15「reincarnaton(生まれ変わり)」で考察しており、今回は、狭義の胎内記憶について考えてみます。筆者は過去に新生児(主に低体重で出生)の脳血流の定性を経験し、論文化しました。新生児は、体重増加に伴い、脳血流の分布を、視床・大脳基底核部優位から大脳皮質優位へと移行していきます。概して体重4000gくらいを境に移行します。そのことを踏まえると、胎内では、視床・大脳基底核部優位であると言えます。一般に新しい記憶は海馬にファイルされ、その後大脳皮質に蓄積されていきます。胎児の胎内での体験は、海馬にファイルされ、記憶されることになります。その後、その記憶が大脳皮質に移行し、言語化できる2-4歳で想起され、語られる、ということになります。胎児が情報を入力する最大の感覚器は聴覚です。すでに妊娠5か月くらいには外部の音は聞こえているようです。つまり、妊娠中、赤ちゃんに語り掛けたり、その場の環境音を聞かせたりすることは胎児の体験として成立するのでしょう。また、母体の感情の起伏も、神経伝達物質のパターンに応じ、間脳に刷り込まれる可能性は大いにあると考えます。人間形成は受胎したときから、すでに始まり、一番近くにいる母親、父親の環境としての影響は当然ですが、大きなものとなります。胎教、大事ですね。

投稿者: 葉山クリニック

2025.05.10更新

宗像市葉山クリニックの撫中です。以前にも記述した魚群の話です。魚群には特定のリーダーが存在しないと言われています。各個体は自分の体長に合った図有速度で自由に泳ぐことができ、各個体問で視覚,側線などの感覚器官を通じて情報交換が行われ,相互誘引力および成群カの作用により群(SchooI)が形成されるそうです。隣同士の感覚で見事な大群の統率のとれた動きになるのです。おそらく個々の個体間は平等で、序列(順位)もありません。一見、争い、揉め事もなさそうです。知能が高度になると、リーダーが現れ、支配するもの、されるものが出てきます。そこに不満、利害関係が発生し、争いが起こります。魚群の先頭の個体を掬い取っても群れは崩壊しません。ヒトの世界ではリーダーが交代すると大きく、体制が変わります。どちらが普遍的な集団行動の形成様式か一目瞭然です。ヒトにもSchoolがありますが、徐々にそれも崩壊しつつあります。国際社会、国、地域、家庭とSchoolがあることがむしろ弊害であるような高度な社会になってきています。ヒトは「めだかの学校(school)」に立ち返ることも必要だと思うこの頃です。

投稿者: 葉山クリニック

2025.04.18更新

宗像市葉山クリニックの撫中です。今、日常的に、「先生」と呼ばれています。先生とは、学問や技術・芸能を教える人。学識のある人や指導的立場にある人。親しみやからかいの意を含めて他人をよぶこと。年長者。教師・師匠・医師・議員などの職業に就いた人が多くの場面で呼ばれる呼称です。同じ立場の場合、お互いを「先生」と呼ぶこともありますが、この場合、もう一つ年齢や経験などの条件が加味され、上位にいる人は下位の者に「先生」とは言わないこともあります。つまり「先生」とよばれるには見合う実力が必要だということです。私の狭い経験では、医師としての初日、病棟で、初めてスタッフから、「先生」と呼ばれ、むずむずした感じを覚えました。決して心地いいものではありませんでした。自身で、「先生」と呼ばれる資格がないことを自覚していたからです。ある日突然、「先生」と呼ばれ、その呼称に見合う責任と仕事内容を要求されます。そのギャップは果てしなく大きいものでした。実際、「怖い」と感じました。その後は、「先生」に見合う実力・経験・知識を身に着けるように努力・精進しました。しかし、未だにこれで終了という到達点は見えず、むずむずした感じは時間経過とともになれてしまい、なくなりましたが、「怖い」は折に触れ、感じています。小学5年生の家庭訪問で担任の〇村先生が、「〇〇高校にいって、東大に行かせなさい。」と母親に話しているのを傍らで耳にした私は初めて「先生」と呼ばれる職業を意識しました。しかし、田舎の漁師町のひとり漁業の家庭にはなかなか遠い話にしか思えませんでした。ただ、その時に〇村先生が示してくださった「可能性がある」ということを知ったことが意味ある事だったと思います。

投稿者: 葉山クリニック

2025.04.03更新

宗像市葉山クリニックの撫中です。昨日、April foolの嘘もつきにくくなった、と感想を述べたのですが、午後診療で、患者から予想だにしないことを言われました。「先生、ビニールテープは貼っても咳が止まりませんでした。」と、???。1か月前に、咳が止まらず、息苦しいと訴えた患者に気管支拡張の貼付剤を処方していました。その際、薬剤の「プラセボ効果」について説明し、有効な薬剤が含まれていなくても、約半数のヒトは自覚症状が改善するんだという趣旨のことを話し、だから、「ビニールテープでも効きますよ。」というコメントをしたようです。私は全く記憶がなかったのですが、スタッフが経緯を記憶していました。患者は貼付剤終了の後、ビニールテープを真面目に貼ったのでした。これで、冒頭のコメントになったのです。いやはや、冗談のつもりでしたが、患者は大真面目に実行。けっして責められない事柄でした。それほど医師の言葉は重いということを実感した一件でした。幸い患者は笑顔で、その場はふたりして大笑いでした。

投稿者: 葉山クリニック

2025.04.02更新

宗像市葉山クリニックの撫中です。昨日、April fool でした。残念ながら、嘘をつきませんでした(それが嘘だという指摘もありますが)。嘘を考える時間的余裕がなかったのでした。昔から、マス・メディア(新聞、ラジオ、など)もウィットにとんだ嘘をついたものでした。それを真に受けた海外の報道機関も真面目に報道したような時代もありました。それらも含め、冗談で済まされていたものでしたが、最近のアメリカ大統領選挙のころから、フェイクニュースが増加して冗談ではないものが散見され、真実と偽るニュースが混在するようになり、April foolがでの冗談である嘘が減少したように感じます。冗談はひとを和ませるものですが、冗談には聞こえない時や、相手によっては侮辱と感じさせることもあり、軽々に冗談も言えなくなってきました。開業時に「診察の中で一笑いさせる」という目標を掲げていたのですが、実行も難しく、たとえ冗談言えたとしても、はたして真意が相手に届いたか否か、不安になる毎日です。しかし、時々、先生は面白いことをいう、といわれることもあり、リスクをおかして挑戦し続ける毎日です。

投稿者: 葉山クリニック

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