夏の暑さがいつまでもおさまらない、そう思っていたが、その日の朝は、すでに肌寒かった。僕は、毎日、暗いうちから、家をでる。駅に着いても人影は、疎らで寂しい雰囲気しかないが、案外、僕は気に入っていた。余計な気を使わなくてもいい。そんな日々の中、密かな楽しみがあった。
早く家を出るのは、朝食を作るのが億劫で、会社近くのモーニングサービスを提供している喫茶店を利用するためだった。いつもそこで、朝食をとり、コーヒーをお替わりしてから、歩いて5分の会社に行く。それが、もう2年続いている。だか、ここ半年は、他の目的も加わって通うことに、より熱心になっている。
その頃から、その喫茶店には、女性の従業員が働くようになっていた。マスターとの会話から、学生のバイトのようで、モーニングタイムだけの勤務だとわかった。その時点で、もう彼女に興味を持っていたのだと思う。そして、さらに毎日、彼女から、かけられる
「おはようございます。」
という挨拶が楽しみで通う意欲が増していた。
「おはようございます。」
と返すのが精一杯だったけれど、それは心地よい挨拶だった。既に彼女に特別な感情を抱いていた。優しく、笑顔で毎日、おはようの挨拶を聞けることが、例え刹那であっても、1日を照らす太陽の光のようで、僕にはこの上ない幸せな時間だった。僕は毎日、ここに恋をしにきている。決して進むことはないけれど、終わることもない。僕は好きなままで、好かれることはないけれど、それで満足だった。彼女の「おはよう」に特別な意味などないこともわかっていた。この店の中だけの業務としての笑顔だと。でもそれでよかった。僕はその楽しみが壊れることを恐れてそれ以上の展開に発展させる行動をしなかった。
だが、その密かな楽しみは突然、終わることになった。彼女がバイトを辞めることが、マスターとの会話から、読み取れたのだ。大学の勉強に集中しなければならなくなったようだった。
迷った。彼女に僕の気持ちを伝えるかどうか。突然、気持ちを伝えて、気まずくなってしまうのではないか。多分、僕はそんなに悪い印象を彼女に与えてはいないはず。それを壊すことになるのではないか。考えるけれども、答えの出ないまま、ある朝、店に彼女の姿はなかった。いつものおはようございますの挨拶が聞けなかった。結局、なにも伝えられず、終わってしまった。好きな気持ちはそこに残ったままだった。数日、喫茶店に通ったが、その後、僕はかようのを止めた。
そして、終わったことを忘れるために懸命に前を向こうとした。でも、そう努力すればするほど、結局、後ろを振り返ってしまう。彼女をとうしてみていた日常は煌めいていた。今はそれがない。僕は、失恋したことをようやく実感していた。もう、上着が必要なくらい外は冬めいてきていた。









