2026.11.02更新

夕日

 高校に入学したばかりの少年は、まだ、その生活に馴染めていなかった。と言っても悪い意味ではなく、見るもの聞くもの、体験するすべてのことが新鮮だった。
 今日も入りたてのラグビーの部活を終え、帰宅しかかっていた。ところが、弁当箱を教室の机の中にわすれてきたことに気づいた。また校舎は警備が始まっておらず、幸い出入りができる。少年は、走って下駄箱に向かった。下駄箱の辺りは西陽が差し込み、眩しかった。そこで、運動靴を片方ずつ脱ぎ散らかして3階の教室へと続く階段へ向かおうとした。もう遅い時間で誰もいないと思った。少々の行儀悪さは問題ない。すぐに帰ってこられる。その時、自分より小さな少女とすれ違った。
話したこともない人だったが、誰かはすぐわかった。入学試験で首席の成績で合格したともっぱら評判の人だった。そして、容姿も可愛かった。ただ、それだけで全く少年とは今まで接点はない。そんなことが一瞬、頭の中を過ったが、気にせず、弁当箱まで猛進した。よかった。弁当箱はちゃんとあった。これで、母親に叱られなくて済む。安堵しながら、今度は猛進してきた階段をゆっくり弾んだ息を整えながら、降りた。下駄箱まで来ると、予想しなかった光景が目に飛び込んで来た。脱ぎ散らかしてバラバラのはずの運動靴がきちんとそろえられて置かれてあった。しかも玄関方向を向けて。そのまま、すぐ帰れる状態であった。
もちろん脱ぎ散らかした靴が偶然そうなったわけではない。人為的に揃えられたはずだ。
少年は、さっきすれ違った少女が揃えておいてくれたんだと思った。行儀の悪さを見つかった恥ずかしさと、少女の気遣い、心根の優しさが同時に胸に迫ってきた。ただ、少年は幼く、その後のお礼など考えることもなく、すぐ、そのことを忘れ、帰路に就いた。西陽はあっという間に夕日に代わり、優しく、下駄箱を照らしていた。

投稿者: 葉山クリニック

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