2024.05.28更新

宗像市葉山クリニックの撫中です。本日、父の命日です。生前、1年に1-2回くらいしか直接会う機会はありませんでした。15歳で下宿生活に入り、以降は同じような頻度でしか会うことがありませんでした。今、亡くなって3年目ですが、父は私の記憶のなかで、笑ったり、しゃべったり、動いたりしています。直接会うこと、話すことは叶いません。しかし、生前も会えない時間のほうが長かったわけで、私自身の心持は変わらないといえば、変わらないのかもしれません。ずっと時間を一緒にすごした人ほど、その時間・空間の空いた部分を寂しいと感じると思います。今日は母に電話したいと思います。

投稿者: 葉山クリニック

2024.05.01更新

宗像市葉山クリニックの撫中です。今年、東京タワーができて65周年だそうです。タワーのなかには東西南北の街の変遷が写真で展示されています。また、わたしも65歳になりました。きもちの変化はありませんでしたが、まず、年金受給の手続きが複数舞い込み、さらには生命保険の払い込み終了のお知らせも来ました。実は、これが一番、65歳を実感させてくれました。20歳台から加入していたものが満期になり、支払いが終了するので、肩の荷が下りるはずなのですが、なぜか寂しさが湧いてきて、まだ加入できる保険はないか、探したほどです。中身は全く成長せず、年齢を重ねました。実感です。肉体の衰えは随所に実感します。これから本格的な「老い」に突入するのでしょう。ただし、悲観的にはなっていません。やりたいこともまだありますし、道半ばのこともあります。楽しみたいと思います。

投稿者: 葉山クリニック

2024.03.19更新

宗像市葉山クリニックの撫中です。今回も将棋にまつわる話です。今、将棋界では藤井八冠が一番強い棋士で間違いない状況です。数年前に電脳戦と称し、プロ棋士と将棋ソフトの対局が催されました。当初は優位でしたが、AIの学習能力はすさまじく、すぐさま、この対戦はなくなりました。この対局に当時の最高峰の名人、羽生善治棋士は参加しませんでした。本人の意思ではなく、将棋連盟が人選したと聞いています。その対局に臨んだのが、米長邦夫先生です。米長先生はしゃべりが得意で、非常に魅力的な方でした。名言の中に「兄たちは頭が悪いから、東大に行った。私は一番出来が良かったから、棋士になった。」というのがあり、リアルタイムで聞いた記憶があります。その先生をもってしてもAIには勝てず、電脳戦は消失しました。ところがここにきて 藤井八冠の将棋でしばしばAIの評価値を覆す指し手が何回か見受けられます。それは今度は人がAIをつかって研究した結果、若干ですが、AIが正確な評価が下せない指し手をひとがさがすことが可能になったからです。しかし、一瞬にしてその指し手はAIの経験値となり、次回からは、正当な評価をするようになります。ただ、世の中で、AIと勝負できる将棋、棋士というのは単なるゲームにとどまらず、偉大なものだと改めて感じています。人もまだまだ可能性に満ちていることを実感させてくれます。

投稿者: 葉山クリニック

2024.03.13更新

宗像市葉山クリニックの撫中です。表題をすでにご存じのかたもおられると思います。私が知ったのが最近で、数年前の映画を見たのが初めてでした。映画は将棋界が背景にあり、3月という時期が棋士の順位戦での入れ替え期に当たることから、原作者(漫画)が表題としたようです。もともと、イギリスの天気に関することわざに、「3月はライオンのようにやってきて子羊のように去っていく。」 (“March comes in like a lion and goes out like a lamb.”)という言葉があり、「3月はライオンのように荒々しい天気で始まり、子羊のように穏やかな天気で終わる。」という意味だそうです。確かに日本では、就職、受験、転勤など環境の変化が一変する時期であり、まさに「3月のライオン」です。遠く46年前に大学受験を終えたこの時期、実は合格が確定しておらず、不安定な身分の時でした。そしてやがて合格が決まり、新生活が始まったということを鮮明に思い出します。昨年までキーワードがありませんでしたが、今年以降、「3月のライオン」と聞けば、感情のフラッシュバックがあると思います。ちなみに将棋の世界では藤井八冠(名人、竜王、王将、王位、王座、棋聖、棋王、叡王)が席巻していますが、順位戦の頂点が名人です。その挑戦者を決定するリーグが順位戦A級棋士たちでたった10人しかいません。厳しい世界です。

投稿者: 葉山クリニック

2024.02.28更新

宗像市葉山クリニックの撫中です。昨年あたりから、気になっていることがあります。聴診するとき、背中から聴こうとすると、男性は上着を下から捲りあげ、女性は肩から降ろすという行動になります。このくせ、つまり無意識下での行動に男女差が見られるということです。数々の研究者たちが意見を述べていますが、男は「遠くをみる脳」女は「近くをみる脳」だそうです。脳電気生理学で電気的にも男的には前頭から後頭への縦の電流、女的には左右の横の電流という電子回路基板に差があるそうです。男的脳は「狩り仕様」女的脳は「子育て仕様」になっており、危険が迫った時、外に注意を払い、他方はみじかな家族の安否を確認するという役割分担になるようです。。特に咄嗟のときに(無意識時)に出るようです。風呂に入るとき、男は風呂しか目に入らず、自分の脱ぎ散らかした服には気づきません。女は近くにある服にイラっとする。なるほど、と納得しました。しかし、例外も多くあり、「近く」「遠く」を上手に使用できる人もいて、男女問わず、優秀、できる人と言われることが多いです。ただし、男女差は、成長過程で社会から「ステレオタイプ」の概念に支配され、努力をしなくなることでできてしまうという一面を持っています。「男のくせに」「女のくせに」と言う表現が「ステレオタイプ」を形成する身近なものです。同時に「遠く」「近く」をみることはできませんが、男女ともに「近く」をみたら「遠く」もみる、「遠く」をみたら「近く」をみる、そうすれば、相手の気持ちを理解するのに役立つことでしょう。私もできていないので、努力します。

投稿者: 葉山クリニック

2024.01.18更新

宗像市葉山クリニックの撫中です。人間、動物はなぜ寝るのか、ということの本質は未だ解明されていません。昆虫、軟体動物などの無脊椎動物にみられる「行動睡眠」(明らかに動かない)に加え、鳥類や哺乳類のように大脳が発達したものでは、「脳波睡眠」がみとめられます。この意味では、睡眠は必ずしも脳を休めることに特化したものではなく、神経系の休息、それも「概日リズム」に沿ったものです。

さらに脳が発達すると、「概日リズム」にも支配されず、睡眠周期を実施するようになります。また、下等動物はレム睡眠で体を休め、高等動物は、レム睡眠に加え、ノンレム睡眠で神経系を休めます。神経系の進化過程に沿ったものです。不眠を自覚するというのは、からだの休息は必要だが、脳の休息が要らない、あるいはそれを妨げる要因(ストレス)があるということなのでしょうか。悩めば眠れないことを経験します。単純ですが、間違ってない気がします。

投稿者: 葉山クリニック

2023.12.29更新

宗像市葉山クリニックの撫中です。12月22日は、冬至でした。1年のうちで、最も日の短い日です。1日の日の長短は季節により、変わります。これは、地軸が公転軌道に対し、傾いていることによります。地球は、約23度傾いているとのことです。原因は、惑星ができるとき種々の衝突があり、そのたびに回転軸が変化することで起こったといわれています。もし垂直なら、いつでも日の長さは変わらず、四季はありません。これから、夏至まで、毎日、少しずつ日が長くなります。個人的には夏至が過ぎると気分的に「冬」、冬至がすぎると「夏」モードになります。年々そのサイクルは早く感じます。人生も終局に差し掛かり、少し、自分の時間がゆっくり進めばいいのに、と願います。

投稿者: 葉山クリニック

2023.11.15更新

宗像市葉山クリニックの撫中です。歌手の大橋純子さんが亡くなられました。享年73歳ということでした。46年前、浪人生であった私が受験勉強をしていた中で、ラジオから流れた「たそがれマイラブ」。今でもこの曲を聴くと、浪人生の何者でもない自分、これから何者かになろうとしている自分の境遇が曲調と合致して、哀しい、その時の気分がよみがえります。出だしの「今は夏・・・」というフレーズ。受験は約10か月ですが、やはり暑かった夏の印象が大きく、一気にその時代に引き戻されます。全く恋愛とは無関係ですが、この曲との思い出ですし、現在も同様な気持ちになります。その時があり、この曲があったから、今も初心を覚えています。そんな貴重な曲です。

投稿者: 葉山クリニック

2023.11.13更新

宗像市葉山クリニックの撫中です。現在のアフガニスタンに位置する土地に紀元前248~後224の約500年間、パルティアというイラン系遊牧民が支配する国があった。アレクサンダーの東方遠征で多くのギリシャ人が中央アジアに進出、その土地に残留し、政治的、文化的に歴史を刻んだことは明白ですが、このパルティアは中国名、安息と言って、中国後漢の班超がローマに派遣した甘英を妨害したことでも有名です。さらに遊牧民ならではの戦い方として、背走しながら、馬上から、後方に向けて弓を弾き、敵を攻撃するパルティアン・ショットを後世に残しました。また、最後に一方的に言う言葉のこととして現代では転じて「捨て台詞」の意味になりました。捨て台詞自体はいいことではありませんが、古い史実が現代にも受け継がれていること、そのことに感動する次第です。

投稿者: 葉山クリニック

2023.10.27更新

宗像市葉山クリニックの撫中です。9月に中秋の名月を見ました。その日は、夕方東の空の低いところに暁の月がきれいに見れました。何台かの車が路肩に停車し、写真を撮っていました。地球の衛星である「月」は当たり前のように夜空に見え、星としての意識が日頃、ありません。しかし、「月が地球から離れていっている。」という事実を聞いたとき、いつか、軌道の外に出てしまい、離れ離れになるのか、という疑問が湧きました。調べてみると、現在、月は地球から、年に約3センチメートル程度の速さで離れつつあるとのことです。しかし、地球の自転速度が月の公転速度より速い場合に遠のき、地球の自転速度が月の公転速度と同じになったとき、そこで月が地球から離れていくのも止まるであろうと考えられてるそうです。現在でも。月の公転は楕円形で月と地球の距離は一定ではありません。同じ満月でも大きさが違って見えます。45億年かけて現在の姿ですので、この先数十億年経たときに離れるのが止まっても、公転が楕円であれば、その時にも月の大きさは違ってみえることになります。もちろん、私は、存命ではありませんが、未来の人も、同じ現象は見るでしょう。時間の積分、と私個人の人生の長さ(微分)を思うとき、「生きる」ことがどういう意味をもつのか、大きな疑問です。ただし、嫌な疑問ではないです。いろいろな可能性がある疑問です。

投稿者: 葉山クリニック

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